Free Speech & the Rule of Law
議員のSNSを、主観で評する前に
その前に、
著作権・肖像権を。
私たち議員は、議会の研修費で「SNSとインターネットリテラシー」の研修を受け、著作権・肖像権の注意点を明確に学んでいます。主観で他者の発信を評する前に、まず全員が守るべき法令があるはずです。
メディア画像
個人SNSへの流用に注意、と学んだ
出所不明
著作権が不明な画像は使わない、と学んだ
肖像権
写り込む人への配慮、と学んだ

議員のSNSと、法令の正確性。

私のSNS発信についての基本的な考えは、過去のnote記事「議員のSNSと、表現の自由と、『品位』について」(2026年7月16日)に書きました。このページはその前提の上で、一点だけ——議会が主観で個人の発信を評する前に、まず全員が守るべき「法令」があるはずだ、ということを述べます。本ページは会派・議会の見解ではなく、私個人の考えです。

The Shared Standard

前提:私たちは、研修を受けている

著作権・肖像権は、全員が公費で学んだ「共通の基準」

昨年、私たち三郷市議会の議員は、議会の研修費を用いて「SNSとインターネットリテラシー」の研修を受けました。そこでは特に、著作権・肖像権の注意点が明確に示されています。メディアの画像を個人のSNSに流用しないこと。著作権の出所が不明な画像を使わないこと。写り込む人の肖像権に配慮すること——。これらは誰か一人の意見ではなく、公費を投じて全員が共有した、客観的な基準です。

Why I Stayed Quiet

これまで、あえて触れずにきた

個々の議員の課題であって、議会の問題ではないと考えていた

その研修を受けたはずなのに、正直に言えば、著作権や肖像権は大丈夫だろうか、と感じる投稿も見受けられてきました。ただ私は、これを議会という組織の問題ではなく、個々の議員が各自で正すべき課題だと捉え、あえて表立っては触れずにきました。人の発信を、私が主観で論評すべきではないと考えたからです。

The Order Is Reversed

順序が、逆ではないか

主観で他者を評する前に、まず法令を

しかしいま、各会派の代表者が集まる代表者会議という「場」で、個人の主張や発信に対して、主観的に「問題がある」と評する動きが見受けられます。
私は、順序が逆ではないかと感じています。誰かの表現を主観で裁くより前に、まず全員が、研修で学んだはずの法令——著作権・肖像権——を守ること。そこが先ではないでしょうか。客観的な基準が足元で守られていない状態で、主観で他者を評し始めれば、議論の土台そのものが崩れてしまいます。

Law, Not Subjectivity

主観ではなく、法令という共通の物差しで

「品位」という主観で、表現の自由を奪わない

議員のSNS発信は、日本国憲法第21条が保障する表現の自由に根ざした政治活動です。それを「品位」のような主観的な尺度で「問題だ」と定義してしまえば、議会が自ら、議員の表現の自由を奪う行為になりかねません。

令和8年7月の埼玉県知事の審決も、主観的な評価だけでは非違行為があったとは認定できない、という趣旨を示しました。問われているのは、評される側だけではありません。評する議会の側の「法令に対する正確性」もまた、同じ厳しさで問われています。

My Stance

共通の物差しに、立ち返るために

誰かを責めるためではなく、土台をそろえるために

これは、特定の誰かを名指しで責めるための主張ではありません。私が言いたいのは順序です。私たち全員が公費で学んだ客観的な基準——著作権・肖像権——を、まず自分たちが守る。その上で、主観ではなく法令に基づいて議論する。それが、多様な声が反映される議会への、当たり前の一歩だと考えています。

その前に、著作権・肖像権を守ろう——私が言いたいのは、まずそこです。

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Notes

作成:鈴木優作(三郷市議会議員/創政MISATO)
主観ではなく、法令という共通の物差しの上で。